映画『Barbie』をもうすぐ観に行くので、鑑賞前の記念(?)投稿。

映画『Barbie』をもうすぐ観に行くので、鑑賞前の記念(?)投稿。

私はバービーに個人的な思い入れはなく、全然詳しくないものの、彼女を溺愛して崇め奉るファンたちの推し語りと、忌み嫌って糾弾するアンチな人々の呪詛の言葉は、刺激的で大好きです。

バービーについて書かれた文章はおそらく人形の数と同じくらい大量に存在するはずですが、研究の過程で知った、そういうちょっとだけ行き過ぎた感情に溢れた本を3冊、勝手に挙げてみます。

1. ヨナ・ゼルディス・マクダナー編『バービー・クロニクル』野中邦子・実川元子・藤田真利子訳(早川書房、2000年)

Yona Zeldis McDonough, Barbie Chronicles: A Living Doll Turns Forty (New York, Touchstone, 1999)

バービー愛/憎の両陣営がみずからの思いの丈を語りまくるエッセイ集。

幼い頃にバービーを所有していた人なら誰しも、バービーを裸にして放置したり、頭を引っこ抜いてみたり、ケンと服を取り替えたり、といった著者たちの回想に、思い当たるところがありそう。

ジャーナリストや研究者のエッセイからは、バービー誕生後に米国で白熱したフェミニスト間での大論争、人種やエスニシティをめぐる議論の一端も知ることができる。

2. M・G・ロード『永遠のバービー』実川元子・野中邦子訳(キネマ旬報社、1996年)

M. G. Lord, Forever Barbie: The Unauthorized Biography of a Real Doll (Avon Books, 1995)

どんな公式本よりも遥かに真に迫ってるであろう、明らかに問題作なバービーの伝記。

バービーのモデルになったのがドイツのタブロイド紙に登場するセクシーなお姉さんのキャラクターであったことはだいぶ知られつつあるけど、女児の玩具たるにはまぁまぁスキャンダラスであるだろうそんな出自をはじめ、生みの親ルース・ハンドラーやマテル社、愛好者たちへの密な取材をもとに、彼女の波乱万丈な軌跡が包み隠さず描かれている。

随所に著者のバービーとの個人的な思いが吐露されているのも味わい深く、こんな業の深い人形の生について書くのなら、このくらい精魂を込めないといけないのだとも気付かされる。

3. A・M・ホームズ「リアル・ドール」岸本佐知子訳(『変愛小説集』所収、講談社文庫、2014年)

A.M. Homes, “A Real Doll” (1990)

思春期の男の子が、妹の所有するバービーと交際し、エッチなことなどを試みる話。

バービーをモティーフにした小説はFanzineなども含めたらきっと大量にあるのだと思うし、その世界は全然知らないのだけど、本作を読んだ時には、バービーという題材をこれ以上素敵に活かせている作品はそうないのではと感じた。

彼女のプラスティックのボディみたいな軽くて乾いた文体とアイロニーが絶妙。

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黙って笑って突っ立っているだけなのにこれほど強烈な愛憎を一挙に掻き立ててしまうモノというのは、なんだかんだで最強なのだと思うし、それに翻弄される人々の発言も議論もやはり抜群に面白い。

映画が楽しみ👯‍♀️

(ところでパリのメトロの広告はうまく写真に収めるのが難しい)

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2023.8.2

一回目を見てきたので、追記。

まず、本編の内容とは別に、このポストの翌々日くらいにBarbenheimerのムーブメントが日本のTwitterで注目され、映画の公式アカウントの肯定的な反応が非難され始めるということが起こった。私もミームの画像を目にするたびにしんどい気持ちになったし、公式の広報には憤りと落胆を表明するのだが、その一方で一連の騒動をみて、やはりバービー只者ではない、とも思わざるを得ないのだった。

誕生からこれまで散々に人々の怒りと憎しみを煽り立てまくってきたバービーだが、日本では、おそらくリカちゃんという存在があったのもあり、何となく蚊帳の外扱いを受けてきたというか、微妙に親近感の湧きづらいオシャレ人形さん、くらいの認識でしか捉えられず、その業深ぶりが今ひとつ欧米諸国でのような効果を発揮せずにきた気がする。にもかかわらず今回、60年越しかというこのタイミングで、よりにもよって原爆という日本人にとって最悪にセンシティヴなテーマの渦中にぶち込まれ、ど直球に不謹慎なやり方で人々を一気に怒りに燃え上がらせてしまったというのは、本当にさすがとしか言いようがない(褒めてない)。

バーベンハイマー現象は、さまざまな面からかなり興味深い出来事だと思う。一刻も早く、日本でのOppenheimerの公開が決定されて欲しい。

バービー映画の本編としては、バービーはやはりバービー、マテルはやはりマテルだった…という感想に尽きる。

『若草物語』で多少なりとも胸をときめかせてくれた監督のフェミニズムの精神も、マテルと結託したことで、あまり望ましくない方向に歪められてしまっているのではないかと少し残念に思った。

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2023.8.8

2回目。今回は「バービー人形の映画」として見ることができて楽しかったし発見もあったのだが、文字数が限界なのでまたいつか