モスクワのユダヤ人街のつましい家庭からパリの伯爵夫人の地位にまで上りつめ…

モスクワのユダヤ人街のつましい家庭からパリの伯爵夫人の地位にまで上りつめ、19世紀の半ばに栄華を極めたクルティザンヌLa Païva。

”悪女”のお手本のようなその生涯のうち、三度ほど乗り換えた夫をはじめ(うちひとりの侯爵は結婚翌日に祖国ポルトガルへ追い返したという)、籠絡した男たちの財産を食い潰しながらシャンゼリゼ大通りに完成させた邸宅は、ヴィーナスやアマゾネスと、彼女が同一化していたという歴史や神話上の強く賢い美貌の女たちの絵画や彫刻で飾られており、家具や装飾は典型的な第二帝政様式、つまり歴史上の複数のスタイルの折衷で眩暈がするような豪勢さだし、みんなだいすき温室には植物が青々と生い茂っている。女主人の野心とあらゆる情念が染み付いたようなこの空間のなかに呑み込まれて、過去に沈んでしまいたい……という誘惑から逃れるには、現代の磁場があまりに弱すぎるし、いまの私の心は空疎すぎるのだった。

全体的に妙に生々しさがあるような印象を受けたのは、現在も会員制のクラブの紳士さま方の社交場として利用されているためかもしれない。一般客による見学は月数回のガイドツアーによってのみ、それも入れるのは公的なサロンや食堂といった空間が中心で、パイヴァ夫人が親しい人に向けてピアノを演奏したという奥まった音楽室を覗いたり、大理石の螺旋階段を登るにつれて徐々に漂ってくるセンシュアルな雰囲気にわくわく…となり始めていたところ、あとちょっとのところで案内終了。おあずけを食らったような気持ちになりながら、ただ全部を開けっ広げにするのも野暮なのかもしれず、ドゥミ・モンデーヌの夢のお部屋のようすはガイドさんが見せてくれた寝台の写真を頼りに、貧しい想像力でどうにか思い描いてみるしかなかったです。

あ、最後にクリストフルらしい銀の浴槽を見ることができたけれど、そちらは今、クラブの貴族さまのお食事空間となっているそう。ここで飲むシャンパンのお味はどんなものでしょうね。