• 一年半ほどかけて取り組んできたものがひと段落した日、稀に見る快晴のお天気だったので、気分をあげるべく、散歩がてら Fondation Louis Vuittonの展覧会« La Collection Morozov. Icônes de l’art moderne »へ。

    フォンダシオン・ルイ・ヴィトンは2014年にオープンしたルイ・ヴィトン財団の美術館で、ブーローニュの森の北端、アクリマタシオン庭園(Jardin d’Acclimatation)に隣接している。フランク・ゲーリーによって設計された建物はとにかく大きくて立派なのだけれど、パリの端で、メトロの最寄駅からも少々歩くので、アクセスはそれほど便利ではない。美術館までの道のりも大きな公園の道という感じなので(帰りはアクリマタシオン庭園の中を通れる)、突然、威風堂々の建物が登場するので驚いた。以前、雨の日に足を運んだ時は、建物までの道がぬかるみ水溜りだらけで非常に歩きづらかった。財団はあれもどうにかした方がいいと思う。

    ロシアの実業家、モロゾフという兄弟のコレクションの展示で、ロシア国外に持ち出されるのは今回が初めてであるという。主に19世紀から20世紀前半にかけて、印象派やナビ派、フォーヴィズムあたりまでの西洋近代美術を中心としつつ、その主題や技法の面で関連付けられるロシアの画家の作品が併置されている。

    4フロア(!)にわたる複数の展示室が存分に活用されている。展示数は200点で、巨匠ばかり。とにかくスケールが大きい。
    複数点展示されていたモネの絵画のなかにもとても気に入った作品があったけれど、自然と目が吸い寄せられると思ったらやはりムンクの作品。

    Edvard Munch, « Nuit Blanche. Osgarstrand », 1903
    後半、照明が落とされた小さな部屋に一点だけ飾られたゴッホの« La Ronde des prisonniers » は、彼が南仏のサン・レミ・ド・プロヴァンスの精神病院にいた時に制作した作品で、今回の展示の目玉のような扱いだった。
    また、順路の終わりには、モロゾフがモーリス・ドニに依頼して描かせた« L’Histoire de Psyché »というシリーズの絵画13点が、アリスティド・マイヨールの彫刻とともに展示されている。ともにすべて展示されるのは1918年以来とのことで、こちらも貴重な空間。
    この展覧会は本来2月半ばまでだったところ、4月頭までに会期延長になっていたのだけれど、その間に急激に困難な国際情勢となってしまった。コレクションは現在、ロシアのモスクワとサンクトペテルブルクの国立美術館がそれぞれ所有しているということだが、無事に戻れるのか気がかりだ。

  • めまぐるしい動きに精神も思考も対処できないまま一週間が経過した。Covid-19という危機にも一通り気が滅入ったものの、その根本にあるのはウイルスという未知の存在への恐れであったのに対し、いまの事態はいかに得体が知れなくても、どこまでも人間の問題。良きにつけ悪しきにつけ、あらゆることが表面化して剥き出しになり、また信じ難いようなことが次々といろんなレベルで引き起こされる。自分が今まで怠惰に見過ごし目を背けてきたものの多さも自覚し、猛省する。

    何の専門家でもないので、メディアとSNSに溢れる大量の文字と映像を追い続け、自分の考えを確かめながら、状況が今以上に悪化しないことをひたすら祈ることしかできていない。

    唯一、Twitterに流れてきた動画を見て自分の関心から考えざるを得ないと思ったのは(そのタイミングは今ではないけれど、そしてもう誰かがすでに色々と言っていると思うけど)、かつてちん○で愉快な音楽を奏でて人々の笑いをとり、ピンヒールを履いて踊っていた男性が、いま一国のリーダーとして国を守り、世界の人々の希望をも託された“英雄”になっていること。そしてその指導者のもとでは前の世紀と変わることなく、男性たちが、祖国にとどまり戦うことを強制されているということ。

    無力なりに祈ること、向き合い続けることが、当面やらなければならないことだと思っている。

  • Bourse de Commerceにて、荒木経惟の展覧会。パリのLes Hallesの地区に2021年にオープンした、実業家François Pinaultのコレクションを所蔵する美術館。かつて商品取引所であった建築で、内装は安藤忠雄によるもの。時間がなくてこの展示を除いただけだったけれど、相当な広さがあるように思う。

    展示されているのは1992年から1993年にかけての「私写真」のシリーズ。自分の生まれた年だったのだ。東急Bunkamuraの写真に目が止まる。

    KaoRiさんの告発についての言及は一切ない。彼女の文章を読んで以来、この写真家の作品を前と同じように見れなくなっていることを、今回あらためて実感した。

  • Aître Saint-Maclou

     Rouenの記録その④。一日、街を案内してくれた方に教えてもらった、Aître Saint-Maclouという建物。14世紀以来、現在に至るまでやや込み入った歴史を持つ。


    aîtreというのはラテン語のatriumに由来するフランス語で、「墓場」という意味がある。14世紀、ペストが蔓延した際の共同墓地であった。

    その後、墓地でありながら貧しい子どもたちの学校になった時期があり、数年前の改装工事を経て、現在ではアートギャラリーとして利用されている。そして最近オープンしたらしいおしゃれカフェの名前はHamlet Cafeと、アイデンティティが散逸している。


    長く人の死体の置かれた場所であったということは、髑髏の装飾からその残滓が見えなくもないけれど、それでもリノベーションの効果もあってか、禍々しい雰囲気はほとんど残っていないように思われた。

  • Sainte-Jeanne-d’Arc

     Rouenの記録その③。ルーアンといえば、ジャンヌ・ダルクが処刑されたとされる街。フロベールよりもそちらの方がより知られているかもしれない。

    1979年に建設されたÉglise Sainte-Jeanne-d’Arc。近くに複数ある聖堂のゴシック様式とはうってかわって近代的な装い。

    2015年にオープンしたというHistorial Jeanne d’Arcは、体験型のミュージアムとでもいえるかしら? 公式サイトの紹介にもあるように、一般的な記念館や博物館とは違って、各展示室でひとつの映像が上演され、周囲の解説もあわせて読みながら一部屋ずつ順に辿ることで、ジャンヌ・ダルクについて知ることができるようになっている。

    残念ながら、到着したのが遅く、その日最後の参加者のグループが出発してしまったあとだった。話をして入れてもらい、途中から合流したために最初の数部屋の映像は見ることができなかったのだけれど、もとから最も気になっていたのは後半の部屋で扱われていたテーマ、つまりジャンヌ・ダルクの死後、彼女の存在がフランスにおいていかに受容され、また利用されてきたかということであったので、それをゆっくり聞けたということでよしとする。

    19世紀終わりから20世紀初頭頃までに制作されたエピナル版画。

    ジャンヌ・ダルクをテーマにした作品や、彼女をモティーフにしたグッズなど。
    日本のポスターがあるけれど、美術館の音声ガイドには日本語もあった。


    ジュール・ミシュレによるジャンヌ・ダルクの紹介。